本島に泊まらないベネチア2泊3日。パドヴァとメストレを拠点に歩いた記録

観光客であふれるサン・マルコ広場と鐘楼。ヴェネチアの顔として名高い定番の景色 旅の記録
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ウィーンを発った便が、マルコ・ポーロ空港に着いたのは18時40分だった。

水の都に着いたなら、そのまま本島へ向かう。そんな旅程でもよかったけれど、この旅ではそうしなかった。初日はパドヴァ、二日目はメストレ。本島の外に拠点を置き、そこからベネチアへ通う形にしていた。

通信は5カ国目でも引き続きeSIMを使った。空港を出た時点から地図を開ける状態にしておけば、パドヴァまでの移動も確認しやすい。

KlookでeSIMを確認する ↗

荷物は、機内持ち込み手荷物のBillingham CANVAS 305と、身の回り品のBrady AVON。都市間を移動するときは両方を持ち、街を歩く時間になったらCANVAS 305をホテルに置く。荷物を減らすこと自体が目的ではなく、移動用と街歩き用で役割を分けた結果、この2バッグに落ち着いていた。

ベネチアは橋と階段が多い。だから本島に泊まらないことが正解という話ではない。ただ、この旅では大きい方の荷物を外に置いて歩けたことが、自分の動き方には合っていた。

ベネチアへ行く前に、パドヴァで一泊

空港からバスに乗り、まず向かったのはパドヴァだった。駅に着くころには夕方の光がまだ残っていて、ホテルまでは街を見ながら歩いた。アーケードの続く通り、淡い色の古い建物、運河に架かる石造りの橋。ベネチアへ向かう途中の一泊というつもりだった街が、思っていたより静かに足を止めさせる。

夕暮れの光を映すパドヴァの運河と石造りの太鼓橋

宿はHilton Garden Inn Padova City Centre。チェックインしてシャワーを浴び、一度部屋で休んだ。移動日の夕方は、そのまま予定を詰め込むより、一度ホテルで区切ってから外へ出ることが多い。

日が落ちてから、もう一度街へ出た。昼より人通りが減り、石畳の路地に街灯の明かりが落ちている。観光地を回るというより、カメラを持って歩きたい道へ入っていく時間だった。

ひとしきり歩いて部屋へ戻り、窓の外を見ると、一軒の店に列ができていた。気になって調べると、La Romana dal 1947というジェラート店。イタリアに来て最初の夜だったこともあり、もう一度外へ出て列に並んだ。

味として確かに覚えているのはピスタチオ。ほかにも重ねていたが、今となっては正確な組み合わせまでは思い出せない。部屋へ持ち帰り、旅の初日らしい妙な高揚感のまま食べた。

翌朝は、朝食より先に旧市街を歩いた。もともと朝は早く目が覚めるほうなので、旅先でも人の少ない時間に街へ出ることが多い。人けのない石畳に朝の光が差し込み、夜に歩いた同じ街が少し違って見える。

歩いていると、壁にはケニー・ランダムの作品が残り、別の場所にはダンテの滞在を記す石板があった。さらに進むと聖アントニオ大聖堂が現れ、広場では市場が開き始めていた。どれも目的地として予定していたわけではない。朝の散歩の途中で、街の時間に触れていくような感覚だった。

朝の光のなか、店を開けはじめたパドヴァの広場の市場

この滞在ではHilton Honorsのゴールドステータスによる朝食特典があったので、街を歩いてからホテルへ戻り、朝食をとってチェックアウトした。パドヴァにいた時間は短い。それでも、夕方と夜と朝を一本の線で歩いたことで、単なる経由地ではなくなった。

その後は電車でメストレへ向かった。

Billinghamを置き、Brady AVONで本島へ

二泊目の宿はHilton Garden Inn Venice Mestre San Giuliano。ホテルに着いたのはチェックインできる時刻より前だったので、Billingham CANVAS 305を預けた。

Brady AVONだけを肩にかけ、バスで本島へ向かう。都市間を移動するときには二つあった荷物が、街を歩く時間になると一つになる。この切り替えは、6都市をつないだ旅の中でも何度か繰り返していた。

CANVAS 305には移動中に必要なものをまとめ、街ではAVONにカメラまわりと財布などを入れる。この記事でバッグそのものを詳しく語るつもりはない。ただ、どこに何を置くかを決めておくと、ホテルを出た瞬間から街を歩くことに集中できる。

ベネチアでは、その差が特にわかりやすかった。橋を渡るたびに段差があり、道幅が急に細くなる。人の流れに合わせて方向を変えることも多い。大きい荷物を持たずに入れたことが、この日の歩き方には合っていた。

有名な景色から、名前のない運河へ

本島に着き、水路沿いへ出る。首からはα6400、レンズは18-135mmを一本つけたまま。レンズ交換をしながら歩くより、広角から望遠まで一本で済ませる方がこの日は気楽だった。

ベネチアの大運河。緑青のドームとヴァポレットが行き交う水辺

最初に見た大運河では、緑青のドームの向こうをヴァポレットが行き交っていた。写真では何度も見てきた景色なのに、実際に立つと水路の幅や船の多さが思っていたより大きい。車が走らない街に入ったことを、そこでようやく実感した。

そこからアッカデミア橋、サン・マルコ広場、サン・マルコ大聖堂、ドゥカーレ宮殿、リアルト橋、リアルト市場へ。ベネチアの名前と一緒に思い浮かぶ場所を、まずはひと通り歩いた。

サン・マルコ周辺は人が多く、リアルト橋へ向かう道も観光客の流れが続いていた。名所を避けたいわけではない。せっかく来たなら見ておきたい。ただ、自分が長く歩きたくなるのは、人の流れから少し外れた先だった。

昼はLa Piazzaで、イカ墨のパスタとティラミス。隣の席には赤ちゃん連れの夫婦がいて、赤ちゃんと何度か目が合った。食べる手を止めるたびにこちらを見ていて、目が合うと夫婦もこちらも自然に笑う。言葉を交わしたわけではないが、一人で食事をしている旅の途中に、こういう短いやりとりが残ることがある。

La Piazzaで食べたイカ墨のパスタ

食後は再び歩いた。リアルト市場を抜けた先には菓子店のショーウィンドウがあり、カンノーリが山のように積まれていた。けれど、そこからさらに歩いていくと、人の声が少しずつ遠くなっていった。

有名な道を外れるように細い路地へ入る。蔦に覆われた小さな橋。赤い花が飾られた窓辺。建物の間に干された洗濯物。名前もわからない細い運河には、ゴンドラが静かに入っていく。

ベネチアの細い運河沿いに並ぶ建物と赤い花の窓辺

人の多い場所から少し離れるだけで、聞こえてくる音も変わる。観光客の声が薄れ、櫂が水を押す音が残る。大きな広場を見た直後だからこそ、この落差が面白かった。

地図を細かく追うより、気になった道へ曲がっていく。行き止まりなら戻ればいい。橋があれば渡る。水路にぶつかったら、そのまま沿って歩く。ベネチアでは、それだけで次の景色が出てきた。

いったんメストレへ戻る

チェックインできる時間になり、一度メストレのホテルへ戻った。

部屋にBillingham CANVAS 305とBrady AVONが並ぶ。都市間を運んできたバッグと、一日中肩にかけていたバッグが、ここでまた同じ場所に戻る。

Hilton Garden Inn Venice Mestre San Giulianoの客室に並ぶBillingham CANVAS 305とBrady AVON

昼間は気温も高く、かなり歩いていた。シャワーを浴びて汗を流し、ベッドに腰を下ろして少し休む。朝からずっと外にいた身体を、一度ホテルでリセットする。

このまま部屋で終わってもいいくらいには歩いていたけれど、夕方のベネチアをまだ見ていなかった。少し休んだあと、再びBrady AVONを持って外へ出た。

夕方の大運河と、一人旅の夕食

バスで本島へ戻り、今度はヴァポレットに乗った。昼間は歩いて見ていた大運河を、水の上から進んでいく。

時間が変わると、同じ水路でも印象が変わる。建物の壁が夕方の光を受け、教会のドームやファサードが金色に近い色へ変わっていく。係留された船の影も、水面の上で長く伸びていた。

夕陽を浴びるベネチアの大運河沿いの教会と係留された船

歩くことが目的だった昼とは違い、夕方は水の上を移動する時間そのものを眺めていた。船が止まり、人が乗り降りし、また大運河へ戻る。その繰り返しを見ているだけで、ベネチアの街が道路ではなく水路でつながっていることがよくわかる。

夕食はRistorante Due Fratelli。シーフードパスタとマルゲリータピッツァを頼んだ。

Ristorante Due Fratelliで食べたシーフードパスタ
Ristorante Due Fratelliで食べたマルゲリータピッツァ

ムール貝やスキャンピ、海老の入ったパスタに、もう一皿はシンプルなピッツァ。一人旅では、食べたいものがいくつあっても頼める量には限りがある。メニューを見ながら、もう一皿試したいと思っても、胃袋は一人分しかない。

この日は二皿を選び、最後までゆっくり食べた。食後にデザートも勧められたが、さすがにそこまでの余裕はなかった。

店を出たあと、夜のベネチアをもう一度歩いた。昼間より人の減った路地は暗く、水の匂いが少し濃く感じられる。明るい通りから一本外れるだけで、足音がよく響いた。

当てもなく歩いているうちに、再びリアルト橋のたもとへ出た。昼間にも通った場所なのに、頭上には三日月が浮かび、行き交う人や水上バスの明かりが水面に映っている。

三日月が浮かぶ夜のリアルト橋と水面に映る明かり

同じ橋を昼と夜に見ることになったのは、予定していたからではない。歩いていたら、またここに戻ってきただけだった。そういう偶然が、この日のベネチアらしかった。

そのあとも細い路地を少し歩き、メストレのホテルへ戻った。

最後の朝、空港で起きたこと

三日目。飛行機は13時発だった。

朝はホテルで軽く身体を動かし、朝食をとってからチェックアウトした。旅の途中でも朝に少し身体を動かしてから出ることがある。この日も、出発前のいつもの流れで一日を始めた。

空港行きのバスに乗り込む。ここまでは、ベネチアでの二泊三日がそのまま静かに終わると思っていた。

ところが、この移動でACTVの乗車券と決済をめぐるトラブルが起き、60ユーロの罰金を払うことになった。旅の最後に、予定していなかった出費と説明が待っていた。

詳しい経緯は別の記事に残している。ここで制度や対策まで書くと、この二泊三日の記録から話が離れてしまうので、顛末はそちらに譲る。

機窓から見下ろすバルセロナの街並みと地中海

支払いを終え、そのまま空港へ。

飛行機の窓から地中海沿いの街が見えてくるころには、パドヴァの夜、朝の石畳、ベネチアの人混み、細い運河、夕方の光、そして最後の失敗までが、もう同じ旅の一部になっていた。

パドヴァとメストレにBillingham CANVAS 305を置き、Brady AVONで本島を歩いた2泊3日。残っているのは、サン・マルコやリアルト橋だけではない。観光地の外側で見た静かな時間の方も、同じくらい思い出す。

本島の外に泊まることが、誰にとってもいいとは思わない。ただ、この旅では、街の中心とその外側を行き来する時間まで含めて、ベネチアで過ごした2泊3日になった。

そして次に向かったのは、この6カ国周遊最後の街。バルセロナだった。

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